「親も高齢になってきたし、そろそろ相続のことを考えないといけないかな…」
そう思っていても、なかなか行動に移せない方は少なくありません。
しかし、相続対策は「元気なうち」にしかできないものが多いです。
厚生労働省の研究班によると、65歳以上の認知症高齢者は2025年に約472万人、2040年には約584万人に達すると推計されています。また、2022年時点では認知症の有病率が12.3%、軽度認知障害(MCI)が15.5%で、合わせると高齢者の約28%が認知機能の低下を抱えていると報告されています。
出典:厚生労働省「認知症及び軽度認知障害の有病率調査並びに将来推計に関する研究」(令和5年度・九州大学) https://www.mhlw.go.jp/content/001279920.pdf
つまり認知症は、誰にとっても「自分ごと」「親ごと」の問題です。
この記事では、福山市の行政書士が、認知症になる前に検討しておきたい相続対策を3つ、それぞれのメリット・デメリットとあわせて解説します。
認知症になるとできなくなること
認知症と診断されたからといって、直ちにすべての契約ができなくなるわけではありません。
しかし、契約には意思能力(民法第3条の2)、遺言には遺言能力(民法第963条)が必要とされており、判断能力が不十分とされた場合、次のような行為が難しくなります。
- 遺言書の作成
- 不動産(自宅・実家)の売却
- 預貯金の解約や大きな出金
- 家族信託契約の締結
- 生前贈与
よくあるケース:実家が売れない・預金が下ろせない
たとえば、老人ホームへの入居費用を捻出するために実家を売却したくても、所有者である親が認知症になっていると、売買契約を結べず手続きが進められないケースがあります。
また、金融機関が本人の判断能力の低下を把握した場合には、本人保護の観点から預金の払戻し等が制限されることがあります。介護費用や医療費を家族が立て替え続けることになり、大きな負担になります。
「もっと早く準備しておけばよかった」というご相談は、決して少なくありません。
こうなってからは、家庭裁判所が関与する法定後見制度の利用を検討せざるを得ないケースが多く、家族の希望どおりの財産管理ができるとは限りません。
だからこそ、判断能力があるうちの準備が重要なのです。
相続対策① 遺言書を作成する|財産の行き先を自分で決める
最も基本的な相続対策が遺言書です。
遺言書があれば、次のことを自分の意思で決められます。
- 誰に・何を相続させるか
- 自宅(不動産)を誰が引き継ぐか
- 預貯金をどのように分けるか
遺言書を特におすすめしたい方
- 子どものいない夫婦(兄弟姉妹や甥姪が相続人になるため)
- 相続人同士の仲が良くない
- 不動産が多い・分けにくい財産がある
- 特定の家族に多く財産を残したい
遺言書がない場合、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。相続人が多いほど、また関係が疎遠なほど、話し合いがまとまらないリスクは高くなります。
なお、認知症が進行してから作成した遺言書は、後に「遺言能力がなかった」として無効を争われるリスクがあります。遺言書こそ、元気なうちに作るべき代表的な対策です。
→ 関連記事:[子どものいない夫婦の相続はどうなる?]
相続対策② 家族信託を活用する|認知症後も財産管理を続けられる
家族信託とは、自分の財産の管理を信頼できる家族に任せる仕組みです(信託法に基づく契約)。
たとえば、
- 父:委託者兼受益者(財産を託す人・利益を受ける人)
- 長男:受託者(財産を管理する人)
として信託契約を結びます。
父が認知症になった後も、受託者である長男が信託財産を管理できるため、次のようなことを中断せずに続けられます。
- 賃貸アパートの管理・賃貸借契約
- 信託された自宅や実家の売却
- 信託された預貯金の管理
家族信託が向いている方
- 賃貸不動産を所有している方
- 将来、実家の売却が必要になりそうな方
- 認知症による預金・不動産管理の支障を避けたい方
一方で、家族信託は契約内容の設計に専門知識が必要で、信頼できる受託者(家族)がいることが前提になります。
相続対策③ 任意後見契約を結ぶ|生活面の支援を任せる
任意後見制度とは、将来判断能力が低下した場合に備えて、あらかじめ支援してくれる人(任意後見人)と支援内容を契約で決めておく制度です(任意後見契約に関する法律)。
判断能力が低下した後、任意後見人に次のようなことを任せられます。
- 介護施設への入所契約
- 医療費・施設費用の支払い
- 行政手続きなどの各種手続き
なお、任意後見人であっても手術などの医療行為への同意権はありません。
任意後見の注意点
- 任意後見契約は公正証書で締結する必要があります(同法第3条)
- 効力は、家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から生じ、任意後見人はその監督を受けます(任意後見契約に関する法律第4条)
- 家族信託のような柔軟・積極的な財産管理(不動産の組み替えなど)には向かない場合があります
そのため実務では、
- 財産管理 → 家族信託
- 身上監護(生活・介護面の契約) → 任意後見
という形で併用されるケースもあります。
3つの対策の比較|どれを選べばいい?
| 制度 | 主な目的 | 効力が生じる時期 | 認知症後の財産管理 |
|---|---|---|---|
| 遺言書 | 財産の承継先を決める | 亡くなった後 | ×(生前の管理はできない) |
| 家族信託 | 認知症後の財産管理 | 契約時から(設計による) | ◎(柔軟に管理可能) |
| 任意後見 | 認知症後の生活支援 | 判断能力低下後、任意後見監督人選任時 | ○(監督人の監督下) |
どれか1つが万能というわけではありません。「遺言書+家族信託」「遺言書+任意後見」のように組み合わせることで、生前から死後までの備えが完成します。
ご家族の構成や財産の内容(不動産の有無など)によって最適な組み合わせは変わるため、専門家に相談しながら設計するのが安心です。
よくある質問(FAQ)
Q1. 親がすでに軽度の認知症です。もう対策はできませんか?
A. 判断能力の程度によります。軽度であれば、医師の診断等を踏まえて遺言書や契約が可能なケースもありますが、可能かどうかは個別の判断能力によって異なります。進行してからでは選択肢が大きく狭まるため、できるだけ早くご相談ください。
Q2. 認知症になると銀行口座は本当に凍結されるのですか?
A. 金融機関が本人の判断能力低下を把握した場合、本人保護の観点から出金が制限されることがあります。詳しくは関連記事で解説予定です。
Q3. 家族信託と成年後見はどちらがいいですか?
A. 目的によります。財産の柔軟な管理・活用なら家族信託、生活面の支援や法的保護を重視するなら後見制度が向いています。併用も可能です。
なぜ「認知症になってから」では遅いのか
ここまで紹介した3つの対策には、共通する大前提があります。それは、いずれも本人に判断能力があるうちにしかできないということです。
判断能力が低下してからでは、
- 遺言書が作れない(遺言能力が必要なため)
- 家族信託契約が結べない(契約には意思能力が必要なため)
- 生前贈与ができない(贈与も契約であるため)
- 不動産の売却が難しくなる(売買契約が結べないため)
と、本人の意思に基づく対策はほぼすべて選択肢から消えてしまいます。
残される手段は、法定後見制度の利用を検討せざるを得ないケースが多くなります。その場合、家族が望むかたちでの柔軟な財産管理や相続対策ができるとは限りません。
「まだ元気だから大丈夫」と思える今こそが、対策ができる唯一のタイミングです。
まとめ|相続対策は「元気なうち」が唯一のタイミング
認知症になってからでは、できる対策が大きく制限されます。
元気なうちに準備しておくことで、
- 家族間のトラブル防止
- 財産の円滑な承継・管理
- ご本人とご家族の老後の安心
につながります。
特に、子どものいない夫婦、不動産を所有している方、将来の認知症に不安がある方は、早めの検討をおすすめします。
→ 関連記事:[相続手続きの流れを行政書士がわかりやすく解説]
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